希少がん啓発月間2026 希少がんに関する「声」

「あなたが思う希少がんの課題と希望」をテーマにお寄せいただきました声を掲載しています

※本記事は投稿者の体験談であり、記載は投稿者の主観に基づきます。特定の個人・施設に関する記述については匿名化・編集を行っています。
希少がん啓発月間2026の特設ページはこちらです。

くま
[患者ご自身]
40代

あなたが思う希少がんの課題と希望
昨年12月に子宮平滑筋肉腫の告知を受けました。希少ガンと知り、色々な病院で私のような病気のデータがほしいのかと思っていましたが、現実は違いました。ガン治療の中枢である国立ガンセンターの希少がんセンターに連絡しても何週間も放置された上に婦人科で診てもらってくださいと冷たく突き放され、がん研有明の婦人科部長にセカンドオピニオンしても希少ガンはデータがないからわからないの一点張りで何の役にも立たず。あー、そっか、多くの人を救うために国は研究にお金はかけるけど、小児ガンならまだしも、中年の希少ガンなんて誰も興味なく面倒な存在なんだと絶望感を味わいました。希望なんてありません。あるなら教えてください。ガンの専門家であるガンセンターがこの対応でどこに希望を持てばいいのでしょうか。
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パブコのママ
[ご家族]
60代

あなたが思う希少がんの課題と希望
夫が2011年に急性骨髄性白血病(AML)を患いまいした。AMLは8か月多くの抗がん剤の使用で完治しましたが、8年後に類上皮血管内皮腫(EHE)になり、肺と心臓のがん細胞をとる手術をしましたが、2年後に再発し、亡くなりました。この間、私は白血病の患者の会に入り、色々な情報をもらい、研修会に参加しました。白血病に関しては、患者さんも多数おられて、入院中も家族の方の話しをうかがったり、1人ではないと思うことができましたが、EHEに関しては、手術後細胞を調べてから病名がわかり、先生からは対処する方法がないと言われていました。何より誰に言ってもこの病気がわからず、うつうつとする中、何か情報はないかとネットで調べて、掲示板の患者の話しからEHEの世界での会(EHE Foundation)があることを知り、2022年にこれに入りました。
(Raccoonにも紹介されていました)。希少がんとはいえ、世界中には多くの患者さんがいます。ただ英語のため、ネットの翻訳機能を使ったり、ZOOMでの情報交換の参加は時差が違って起きられず、その旨を使えたら、ビデオを送ってくれて、返って翻訳して聞くこともできました。治験薬ができたと聞けばアメリカに行けないかと国立がんセンターにも相談に行きましたが、治験は体力のある方でないとできないと言われ、すごすごと帰ってきました。それでもその後もずっとEHEの会からは、情報が来ていました。
主人が亡くなってからは、私がページを開く気になれなくて、しばらくRacoonやEHE Foundation からも遠ざかっていましたが、自分が医療関係でずっと働いていたこともあり、何かできないか考えはじめました。患者が少ないなら世界中の患者と繋がればよいのです。みんな同じ病気と闘っているのです。
だから、もっと言葉のハードルを低くできないか、もっと気楽につながることができないか、手探りで考え始めたところです。何か助言をいただけたらお願いします。
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K.I.
[患者ご自身]
60代

あなたが思う希少がんの課題と希望
病気の事をメディア等で沢山取り上げていなかった 例えば2000年代以前の話など  の 患者のご苦労話等も出来る範囲で取り上げて欲しいと思ったりもする

例えば、夏目雅子さん 手塚治虫さんなどは 後日知ったことですが まだ当時は本人に言うというのが多くなかったそうで、ご本人には家族は伏せて、でも、ご本人は 悟って知っていたのではないか と言われてるそうです


その他(自由記述)
 今年も希少がんの会を開催してくださりありがとうございます
 チラシを沢山送ってきて下さりありがとうございました  でもせっかくですみませんが、正直渡す人がいないというのが現状です。13年に、当時かかっていた 近所の高砂市 ある心療内科で、某研究機関から送られた資料を見せたら 切れられて、診察拒否をされました 今もですが当時は相談できる人も全くいず 考えたら医院を変えたらいいのに その判断がうまくできずそればっかり考えて (今は別の所にかかっていますが)今はしていませんが母と犬ちゃんに当たって迷惑をかけました。母には迷惑のかけ通しです もう93歳です ワンちゃんは病気で16歳で亡くなったんだけど 可愛がってもいたんだけど 良くしてあげれなかった 今でもペットロスです心の中で謝っています 奇しくも去年 障害者虐待防止法に、医療従事者も対象に加わりました (居住地兵庫県のある病院の事件の事もあったんでしょう)ポスターには厚労省や大学病院の名前も沢山載ってるので無下にはしないとも思いますが 市役所、医療機関等に渡してもどんな反応が返ってくるだろうと恐怖を感じてしまいます
 今通っている障害者支援通所B型(通称作業所)は利用者は大人しい人が多く、(問題者も多少いるけど)障害者本人には私的には問題ないけど、99 〜2003年位にディケアに通って某医師含めきつい言い方をされた精神病院に通っている人が多くいて、今はそこそこ優しくなってる感じで 前はきつかったというのも否定されるのが嫌で言ってません 当時、母に高砂市役所に電話してもらったら 担当者は病院に直接言ってくれと何度もいったそうです 某研究機関の名前を出したらなんと言いましょうと言って電話してくれたそうです 今では信じられないかもしれない事です 当時放送局にも送りました いつまでしつこく言ってるんだって、感じかもしれませんが、某医師に当時、ある事を少しだけ言ってそれがいつと聞かれ少し前だと言ったら 凄い馬鹿にした感じで「いつまで言ってんのー」と言われました それなのに某研究機関が送ってきてくれたものを見せたら図々しく写させてくれと言いました 断りましたが 

今は障害者の、少人数グループホームも沢山できてるみたいで、羨ましいなぁと一人思っています 震災前は神戸に住んでいたんですが、頭の病気の偏見が大変きつい時代だったので、(当時の私の感覚では脳腫瘍も当時の言い方の精神分裂病 的に思われていたのではないかと思います)近所からもジーと見られたりして(本当の話だったんですがこれを80年代当時主治医脳外科医師に、ちょっと言ったら、これはこちらの科じゃなくあちらの科だな と言われました )
  引っ越ししたくて仕方なかったんです  虐待事件等もニュースで見たりもあるので 全く無くなったわけではないとも思いますが 最近、テレビやネットの影響等で昔の嫌な事をよく思い出してしまって長々と書いてしまいました
大変失礼致しました  ありがとうございました
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うし
[患者ご自身]
40代

あなたが思う希少がんの課題と希望
希少がんの中には、効果的な治療薬
再発予防薬すらない種がまだあっても
難病ではない。

難病は医療費無料など様々な支援がある。
希少がんは、命に関わるし、
効果的な再発予防薬や標準治療薬が
なくても、寛解までの間ですらも無料では
ないのはあまりにも差があると感じています。

また治験の情報もまだ得にくく、
そこにすら辿りつけない人がたくさん
いたり、ドラッグロスの問題が
最近全然取り上げてもらえなくなりました。

希少がんは、全がんの20〜30%。
なんとか皆んなで繋がって声をあげられる
機会があればと願っています。

誰1人取り残さない医療を。


その他(自由記述)
標準治療薬がないがんにも
治療薬を下さい

標準治療を受けましょう
そう当たり前の様に見かける
のは辛いです
※内容は投稿者の受け止めとしてできる限りそのまま記載しています

QP
[患者ご自身]
40代

あなたが思う希少がんの課題と希望
課題:疾患数の少なさからの不利益や、やるせなさを感じること

・不利益…
去年4月の薬価改定を境に、治療で使用している薬は180%値上がりしました。治療法は確立しておらず、他の選択肢は無いため、その薬を使い続けています。
「製薬会社にとっては、採算が合わない薬であるにも関わらず、生産を続けてくれていることを、良しと考えるしかない」と主治医の先生とも話し、現状を受け入れています。

・やるせなさ(自分の環境の問題なのかもしれません)…
薬価の値上がりは、ある日の外来の会計時に、衝撃と共に判明しました。
180%アップすることを、請求書を見るまで、誰からも気に留めてもらえなかったことや、事前に知らされる仕組みが無いことを残念に感じました。
自分を納得させるために、薬価改定の動きや背景について、ネットを頼りに調べました。
そして次の外来で、値上がりのことを、報告した主治医に驚かれ、同席していた医療秘書に同情され、会計の事務員から、自分には適応外の、限度額適応認定証の手続きの説明を受けました……
治療を始めてから、2桁の年数を過ごしている自分は、当事者ではない人たちからの、それぞれの関わり慣れをしてきている中で〝まあ、こんなもんだよな〟という諦めの思いを、幾度となく飲み込んできています。

希望:
自分が生きているうちに治療法が確立されることは、おそらく無いと思いますが、将来を見据えた研究に、自分の治療経過や、疾患部の情報提供を必要とされることがあるならば、そのルートと繋がっておきたいと思っています。
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M.M.
[患者ご自身]
40代

あなたが思う希少がんの課題と希望
私は5年前に、骨の中に軟骨肉腫の一つである骨外性粘液型軟骨肉腫が見つかり、左腸骨及び骨盤、そして左脚を切除しました。医学的に【骨外性】と付いていながらも【骨の中】に出来ると行った、希少がんと言っても医学的にも未解明のものが多く、ゲノム遺伝子検査をして登録もしましたが、なかなか治療法の解明が進まないのが現状かと思います。
それでも国などの行政では【難病】ほどの扱いせずに一般的なガンと同類されて、【公助】はなかなか得られません。
また4050代のオジサンオバサン世代には、小児がんやAYA世代と言った着目されるような点がないですが、働き盛り、子育て真っ只中の人生で一番苦労する時期をどう乗り切るかも課題だらけです。オジサンオバサン世代のネーミングも設けて何らかの支援を得られるようにして欲しいです。
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ドナドナ
[患者ご自身]
60代

あなたが思う希少がんの課題と希望
なるべく早く正確な判断をして手遅れでしたなんて事のないように希少がんも早期発見できるように、医療関係者の研究が進むことを期待してます。


その他(自由記述)
私はデスモイド腫瘍の患者です。
四年前に腰部にうずら卵の大きさのコブができましたが痛みもなかったのでそのまま放置してました。
一昨年卵の大きさになり、整形外科へ行き粉瘤と診断、形成外科に回されMRIを撮りましたがやはり粉瘤と診断、局部麻酔をして切開したら出血が止まらず閉じただけでした。
それから半年かけて3つの病院を受診してやっとデスモイド腫瘍と診断され、今は大学病院でメロキシカムとラベプラゾールの薬で治療中です。
最初の病院で誤診されたほど、デスモイド腫瘍は知られてない病気だったんですね。
今は寝込むほどの痛みはありませんが、温泉に入ると腫瘍がぽっこりあるので腰に視線を感じます。
腰が重くても腫瘍に当たるのでサポーターができず歩き方が不安定です。
あとデスモイドというおどろおどろしい名前が他人からはびっくりされます。
なんでこんな病気になったんだろうとみなさんも悩んだことがあるはずです。
私と同じデスモイド腫瘍の患者さんにお会いしたいです。
※内容は投稿者の受け止めとしてできる限りそのまま記載しています

希少がん啓発月間2026を締めくくるにあたり、あらためて見えてきたのは、希少がんの苦しさが病気そのものだけでなく、希少であるがゆえに情報や医療、支援、社会の理解に届きにくく、孤立しやすいという現実です。今回寄せられた「声」は、その課題を社会全体に問いかけているように感じました。RCJは、これらの声をつなぎ、誰もが必要な支援にたどり着ける社会を、引き続き目指してまいります。

2026年2月末日 RCJ理事長 西舘 澄人